コラム
医療機関でAI人材に任せられる業務と任せられない業務。医療広告ガイドラインと患者情報の線引き
クリニック・病院がAI活用人材に任せられる非医療の周辺業務と、診断・治療方針など任せてはならない領域の線引きを、医師法・医療法・医療広告ガイドライン・個人情報ガイダンスの条文に照らして整理します。
公開日:2026年7月26日
執筆・編集:malna編集部(編集方針)

クリニックや病院でも生成AIの活用に関心が集まっていますが、医療機関の業務は「人の健康と生命に直結する判断」と「それを支える事務・広報・管理の作業」が同じ現場に同居しています。この2つを分けずにAI活用人材を受け入れると、医療機関側が負う法的責任の範囲を見誤りかねません。本記事では、診断・治療方針・投薬といった医学的判断を除外したうえで、AI活用人材に任せられるのは事務・広報・予算管理・問い合わせ一次対応・院内資料作成といった非医療の周辺業務に限られるという前提を、医師法・医療法・医療広告ガイドライン・個人情報ガイダンスの条文に照らして整理します。
結論:医学的判断は除外し、非医療の周辺業務だけを切り出す
医療機関でAI活用人材に任せられる範囲は、患者の診療そのものに関わらない周辺業務に限定されます。診断・治療方針の決定・投薬の判断は、AIにも外部人材にも任せられません。これは運用上の慎重さの問題ではなく、法律が「医師でなければできない」と定めている領域だからです。
医師法第十七条は「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定めています。さらに同法第二十条は「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し(中略)てはならない」と規定しています(出典:e-Gov法令検索「医師法」)。つまり、医師本人が自ら診察したうえで判断することが法律上の要件であり、AIの出力や外部人材の作業をその判断の代わりに置くことはできません。AI活用人材に依頼できるのは、医師が判断に使う時間を確保するための周辺業務の効率化までです。
医療機関でAI活用人材への関心が高まっている背景
厚生労働省は「医療分野の情報化の推進について」において、医療機関等での情報化により「これまで紙でやりとりしていた院内業務や医療機関間における情報連携が効率的に行えることが期待されます」としており、医療情報システムの安全管理に関するガイドラインの整備や医療情報の標準化を進めていることを公表しています。同ページでは、クラウドネイティブ型電子カルテの新規導入またはオンプレミス型からの更新に必要な経費を補助する検討事業についても記載されています(出典:厚生労働省「医療分野の情報化の推進について」)。院内業務のデジタル化が政策としても後押しされている状況であり、その延長線上でAI活用への関心が生じていると考えられます。
一方で、着手できていない理由も統計から読み取れます。総務省「令和7年版 情報通信白書」によると、生成AI導入に際しての懸念事項として日本で最も多く挙げられたのは「効果的な活用方法がわからない」で、次いで「社内情報の漏えい等のセキュリティリスク」「ランニングコストがかかる」「初期コストがかかる」が挙げられています(出典:総務省「令和7年版 情報通信白書」企業におけるAI利用の現状)。
医療機関ではこの2つの懸念がとりわけ重く重なります。「活用方法がわからない」は医学的判断とそれ以外の線引きの難しさに起因しやすく、「情報漏えいのセキュリティリスク」は、後述するとおり患者情報が個人情報保護法上の要配慮個人情報を含むため、他業種より深刻な問題になり得ます。この2つを設計で先に潰すことが着手の前提になると考えられます。
業務を「任せられる範囲」と「医学的判断の範囲」に分ける
医療機関の業務を、AI活用人材への適性という観点で整理すると次のようになります。実際の線引きは診療科・規模・院内体制によって異なるため、整理の枠組みとして捉えてください。
| 業務領域 | 業務の性質 | AI活用人材への適性 | 位置づけの考え方 |
|---|---|---|---|
| 院内資料・マニュアル・研修資料の下書き作成 | 既存文書をもとにした文章化 | 高い | 下書きまで。記載内容は院内の責任者が確認 |
| 予約・問い合わせの定型一次対応の設計 | 定型的な振り分けとFAQ整備 | 高い | 症状に関する相談は必ず医療者へ引き継ぐ設計が前提 |
| 広報・ウェブサイト文面の下書き作成 | 文章作成 | 中 | 医療広告ガイドラインの適合確認が必須。管理者が最終確認 |
| 予算管理・レセプト関連の集計作業の効率化 | 数値の集計・可視化 | 高い | 患者個人が特定されない集計データに限定する |
| 採用・シフト・備品発注などの事務管理 | 定型的な管理業務 | 高い | 医療行為に関わらない領域として任せやすい |
| 会議・カンファレンスの記録整理 | 要約・記録 | 中 | 患者情報を含む場合は扱える範囲を事前に取り決める |
| 診断・治療方針の決定・投薬の判断 | 医学的判断と責任 | 適さない。任せられない | 医師法第十七条・第二十条の領域。AIにも外部人材にも委ねない |
| 患者への症状説明・服薬指導 | 有資格者による説明 | 適さない | 有資格者が担う。AIの出力をそのまま患者に渡さない |
| 診療記録(カルテ)の記載内容の判断 | 医学的記載の妥当性判断 | 適さない | 記載の主体と責任は医療者側に残す |
この表で重要なのは、上の6行と下の3行のあいだに、運用の工夫では越えられない境界があるという点です。上6行は「作業」であり、下3行は「判断」です。AI活用人材の受け入れを検討する際は、業務名で切るのではなく、この判断・作業の別まで分解してから任せる範囲を決める必要があります。
医療広告ガイドラインの制約:AIで広告文を作る場合の前提
集患を目的とした広報・広告は、AI活用人材に下書きを任せやすい領域に見えますが、医療分野は広告規制が他業種より厳しく設定されています。ここを知らずにAIで広告文を量産すると、規制違反の文面を生み出すリスクが生じます。
医療法第六条の五第一項は、医業・歯科医業または病院・診療所に関する広告について「虚偽の広告をしてはならない」と定めています。同条第二項では、広告の内容および方法が適合すべき基準として、「他の病院又は診療所と比較して優良である旨の広告をしないこと」「誇大な広告をしないこと」「公の秩序又は善良の風俗に反する内容の広告をしないこと」が挙げられています。さらに同条第三項では、原則として法令が列挙する事項以外の広告をしてはならないという構造(いわゆる限定列挙)が採られています(出典:e-Gov法令検索「医療法」)。
加えて、医療法施行規則第一条の九は、上記の省令基準として次の2点を定めています。第一号は「患者その他の者(中略)の主観又は伝聞に基づく、治療等の内容又は効果に関する体験談の広告をしてはならないこと」、第二号は「治療等の内容又は効果について、患者等を誤認させるおそれがある治療等の前又は後の写真等の広告をしてはならないこと」です(出典:e-Gov法令検索「医療法施行規則」)。つまり、他業種の広告では定番の手法である「利用者の声」や「ビフォーアフター写真」は、医療広告では原則として使えません。
これらの運用指針として、厚生労働省は「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(医療広告等ガイドライン)」を公表しており、同ガイドラインに関するQ&Aや「医療広告規制におけるウェブサイト等の事例解説書」も併せて公開されています(出典:厚生労働省「医療法における病院等の広告規制について」)。
一般的な広告制作と医療機関の広告制作の違いを整理すると次のようになります。
| 観点 | 一般的な業種の広告 | 医療機関の広告 |
|---|---|---|
| 記載できる内容の範囲 | 原則自由(景品表示法等の一般規制の範囲内) | 医療法第六条の五第三項により原則として限定列挙 |
| 他社との優位性の訴求 | 根拠があれば可能な場合が多い | 他院と比較して優良である旨の広告は基準に反する |
| 利用者の体験談 | 広く用いられる | 主観・伝聞に基づく治療内容・効果の体験談は禁止 |
| 施術前後の写真 | 用いられることがある | 誤認させるおそれがある前後写真は禁止 |
| AI生成文面の扱い | 担当者確認で足りる場合が多い | ガイドライン適合確認を経て管理者・有資格者が最終確認 |
| 効果の訴求 | 根拠を示して可能な場合がある | 治療効果を保証・断定する表現は避ける |
AI活用人材に広告・広報の下書きを依頼する場合は、「医療広告ガイドラインへの適合確認は院内で行い、管理者・有資格者の確認を経てから公開する」工程を必ず残す設計が前提になります。AIは規制を判定する存在ではなく、指示された文体で文章を生成する存在です。禁止表現の判定を外注先やAIに委ねる設計にしてはいけません。AIで生成した文章の社内での扱いは生成AIの社内規程の作り方も参考になります。
患者の個人情報・要配慮個人情報をどう扱うか
医療機関がAI活用人材を受け入れるとき、広告規制と並んで避けられない論点が患者情報の扱いです。
個人情報保護法第二条第三項は「要配慮個人情報」を、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴などが含まれる個人情報と定義しています。さらに政令第二条は、健康診断等の結果、および健康診断等の結果に基づき、または疾病・負傷その他の心身の変化を理由として、本人に対して医師等により心身の状態の改善のための指導または診療もしくは調剤が行われたことなどを、要配慮個人情報に含まれる記述として定めています(出典:個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」)。医療機関が日常的に扱う情報の多くが、この要配慮個人情報に該当します。
同ガイダンスは、業務を委託する場合の取扱いについても具体的に定めています。個人情報保護法第二十五条に基づく「委託先の監督」について、同ガイダンスは「必要かつ適切な監督」には「委託契約において委託者である事業者が定める安全管理措置の内容を契約に盛り込み受託者の義務とするほか、業務が適切に行われていることを定期的に確認することなども含まれる」と記載しています。また「業務が再委託された場合で、再委託先が不適切な取扱いを行ったことにより、問題が生じた場合は、医療・介護関係事業者や再委託した事業者が責めを負うこともあり得る」とも明記されています(出典:同ガイダンス)。
つまり、外部人材に患者データを触れさせた時点で医療機関側に監督義務と責任が発生します。したがって現実的な設計は、外部人材に患者データを渡さない前提で業務を組み立てることです。具体的には次のような線引きが考えられます。
- 患者個人が特定されない集計データ・件数・金額のみを扱う業務に限定する
- 院内資料・マニュアル・広報文面など、患者情報を含まない文書を対象にする
- 患者情報に触れる工程は院内スタッフが担い、外部人材はその前後の設計・仕組みづくりを担う
- どうしても触れる必要がある場合は、NDA締結・閲覧範囲の限定・保管方法の取り決めを先に済ませる
なお同ガイダンスは、医療情報システムの導入や診療情報の外部保存を行う場合について、厚生労働省が策定する「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」によることとし、各医療機関等において運営および委託等の取扱いについて安全性が確保されるよう規程を定め実施するものとしています。院内の情報を外部のAIツールに入力する際の一般的な注意点はAI人材受け入れ時の情報漏洩対策でも整理しています。
着手しやすい業務から段階的に広げる
以上の制約を踏まえると、医療機関でAI活用人材の受け入れを始める際の現実的な着手順は、患者情報に触れず、かつ医学的判断を含まない業務からになります。
最初の候補になりやすいのは、院内マニュアル・研修資料・業務手順書の整備です。既存の紙資料や口頭で引き継がれている手順を文書化し、検索できる形に整える作業は、定型性が高く、患者情報を含まず、医学的判断も伴いません。医学的な妥当性が問われる部分は院内の責任者が確認する工程を残せば、外部人材が下書きを担う形が成立します。
次に検討しやすいのが、予約・問い合わせの一次対応の整理です。診療時間・アクセス・持ち物・各種手続きの案内といった定型的な問い合わせと、症状や体調に関する相談を切り分け、前者はFAQとして整備し、後者は必ず医療者へ引き継ぐルールを先に決めます。AIが回答してよい範囲を「院内の公開情報で答えが完結する内容」に限定し、症状・服薬・受診の必要性の判断には一切踏み込ませないことが要点です。問い合わせ対応のAI化でつまずきやすい論点はカスタマーサポートのAI導入が失敗する理由にも共通します。
備品発注、シフト調整の下準備、経費や収支の集計・可視化といった事務管理・予算管理も、医療行為から距離があり患者個人が特定されない形でデータを扱えるため着手しやすい領域です。一方で広報・広告の文面作成は、前述のガイドライン適合確認の工程を組み込めるかどうかで難易度が変わるため、確認体制が整うまで後回しにする判断も合理的だと考えられます。
任せる範囲を広げる際の進め方や契約形態の選び方はAI人材の業務委託ガイドでも整理しています。専門判断を有資格者に残しつつ周辺業務を切り出す構造は士業事務所と共通するため、士業事務所でのAI活用人材の任せ方も設計の参考になります。
まとめ
医療機関でのAI活用人材の受け入れは、事務・広報・予算管理・問い合わせ一次対応・院内資料作成といった非医療の周辺業務に範囲を限定することが出発点です。診断・治療方針の決定・投薬の判断は、医師法第十七条・第二十条が医師本人の職務として定める領域であり、AIにも外部人材にも任せられません。
広報・広告の文面をAIで作成する場合は、医療法第六条の五および医療法施行規則第一条の九が定める制約(虚偽・比較優良・誇大広告の禁止、体験談の禁止、誤認させるおそれのある前後写真の禁止、広告可能事項の限定列挙)に照らした確認が必要で、医療広告ガイドラインの遵守と管理者・有資格者による最終確認を工程として残します。患者情報は多くが要配慮個人情報に該当し、外部委託には個人情報保護法第二十五条に基づく監督義務が生じるため、外部人材に患者データを渡さない設計から始めるのが現実的です。
本記事は公開されている法令・ガイドラインの記載に基づく業務設計上の整理であり、個別の医療機関における法令適用の可否や、広告表現がガイドラインに適合するかの判断を示すものではありません。また、特定の治療効果や集患効果を保証するものでもありません。実際の運用にあたっては、貴院の管理者・医師をはじめとする有資格者、および必要に応じて法務・行政の専門家に必ずご確認ください。
